本書は7つの物語の入った短編集で、イギリスの地方の美しい風景の中に、誰かの日常のひとこまを描いています。それぞれのお話の主役たちは、自信を失ったり途方にくれたり、心配事や小さな悲しみを抱えています。けれども彼らは皆、立ちすくんだ場所からちょっと勇気を出して一歩を踏み出し、自分の(ごく平凡な)人生を歩んでゆくのです。その顔には微笑みが浮かんでいます。
そうなるまでには何があったの?最初のお話「あなたに似た人」をご紹介しましょう。
冬のスキー場にて。スキー上級者の恋人は、初心者の彼女の恐怖感に気づきません。ここを滑り降りるなんて、私には出来ない、臆病なんだもの。もうこの恋もあきらめてしまおう。少女がそう思ったとき、ひとりの紳士が声を掛けます。
「昔、あなたに良く似た娘さんを知っていましてね。あなたと同じように怯えていましたよ。」
少女は紳士に助け励まされながら、恋人の待つスロープへと滑ってゆきます。スキーの喜びを知った少女の心には、自信が芽生えていました。
「なんという貴重な贈り物を、あたしはあの人からもらったことか。」
滑降の成功を喜んでくれたその紳士と、“昔知っていた娘さん”の正体を恋人に教えられた少女の目には、涙が浮かぶのでした。
その他の作品も、人の繋がりの中の優しい情愛を描いています。私が本書に出会ったのはずいぶん前のことですが、以下にご紹介する2編は長く心に残る物語でした。
ずっと年上の親友・ご近所のソーコムさんを失ったトビー少年が、羊の出産や恋人たちの仲直りに遭遇して“生きる”ってことを色々考える「長かった一日」。
愛する妻の連れ子は8歳と6歳の姉妹だ。ビルはその幼い瞳にまじまじと見つめられると、たじろいでしまう。新しい父親に娘たちが少しずつ心を開いてゆく風景を描く「日曜日の朝」。
上品な甘美さがあり、どこかユーモラスで、後味がたいへん爽やかで心が和みます。そこはかとなく良い香りを漂わせる花束みたいな作品集です。
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