海辺のカフカ (下)

ちょうどその頃、猫と話せる知的障害者のナカタがヒッチハイクで四国へ向かっていた。入り口の石を見つけないといけないと言う。しかし田村カフカの父親殺しの容疑者だった……。
本が好き! 1級
書評数:453 件
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エラリー・クイーンなどの推理小説に興味を持ち始めました。そしてロス・マクドナルドの影響でフロイトに出会い、精神分析を読み進めていくうちにラカン、アルチュセールなどのフランス現代思想に興味を抱いています。

ちょうどその頃、猫と話せる知的障害者のナカタがヒッチハイクで四国へ向かっていた。入り口の石を見つけないといけないと言う。しかし田村カフカの父親殺しの容疑者だった……。

世界でもっともタフな15歳、田村カフカは東京から四国に家出する。道中、姉と思われるさくらに出会い……。四国では父親が何者かに刺殺されたとニュースで聞き……。

「雨」は叔孫豹が雨の中を権力争いに敗れ、逃げる描写から始まる。そして山中の小屋で一人の美女と出会い、一夜をともにする。 政権を取ると、女が十五歳の少年、牛を連れて訪れる。彼女は牛を叔孫豹に雇わせるが……

精神科医でパラノイア、精神分裂病など多くの講演を行なったジャック・ラカン。彼は聴講していた多くの哲学者に影響を与えた。本作では、コジェーヴの講義などがラカンの思想形成にどう影響していったのかを探る。

ソフォクレスはどうして『オイディプス王』を書いたのかは戦争にある。籠城戦もまたアテネにとって悲惨な結果をもたらした。籠城戦の最中に疫病が流行し、アテネ城内はわずか二年間で約四分の一が病死した

女子中学生の芳山和子が理科室の掃除をしていると、準備室で大きな音がした。彼女が行ってみると、試験官が割れていて、そこからラベンダーの香りが充満していた。その香りを嗅いだ途端、和子は気絶してしまう……

理解社会学の目標、方法論、用語などを解説。どうしてその人がそんな行動をとったのか、どんな意味があるのかを理解しようとする。集団という社会的な背景に基づいて語って「理解」する方法を考えているのだ。

カルヴィーノには実験的な作品が多いが、これももそんな実験小説の一つ。普通はページ順に読んでいくが、「1-1-1」、「1-2-1」、「1-3-1」などと対応する章ごとでも話が通じるようになっている。

『作者を探す六人の登場人物』はメタフィクションの元祖であり、ルイジ・ピランデッロの代表的戯曲。二巻にはもう一つ、メタフィクションを扱った演劇「今宵は即興で演じます」が収録されている。

「(あなたが思うならば)その通り」は、母親、フローラと娘婿、ポンザについて奇妙な点がある、という雑談から始まる。どうもフローラの家に上がるのをポンザが禁じられているらしいのだ。狂気と正気の境目とは?

『複製技術時代の芸術』で近代都市と大衆を論じ、『ドイツ悲哀劇の根源』でドイツ悲劇を論じるなどヴァルター・ベンヤミンは実に広範な知的活動を残しています。他にもマルクスなどを論じているそうです。

ボードレールな詩作をもとに第二帝政のパリを論じた「ボードレールにおける第二帝政期のパリ」、写真と宗教画の違いについて論じた「複製技術の時代における芸術」など。

取り尽くし法からこの二人はどのように積分法を確立させていったのでしょう。ケプラーなどの物理学者、フェルマーなどの数学者、あるいはデカルトなどの哲学者の議論を紐解きながら、道筋をたどっていきます

位相幾何学の開拓者であり、『科学の価値』、『科学と仮説』、『科学の方法』など科学思想も残してきたポアンカレ。その作者が晩年に残した、随想集……ですが、科学史、数学史という側面が大きいかもしれません。

マリー・キュリーやケルヴィン卿の追悼、同窓会の演説、そしてポアンカレがアカデミー・フランセーズに入会したときの挨拶などが収録されている。科学者や詩についてポアンカレがどう考えていたのかが窺える一作。

フレデリックはアルノー夫人に恋をしていたが、貧乏生活で諦めざるを得なかった。そこへ叔父の死により莫大な遺産が転がり込む。これでまた会えると意気揚々と彼女へと会いに行くのだが、満たされることはなかった。

時はフランス第二帝政である。二人の青年、フレデリックとデローニエがいた。フレデリックは自省的な性格で、文学を愛していたが、デローニエは文学から離れ、革命に興味を持つようになっていく……。

推理作家、松下研三は映画会社の社長直々に電話を受ける。彼の小説を映画化したい、という話で意気揚々と行ってみると、友人の法医学者である神津恭介にも映画出演を頼んでくれというものだった。関係者が密室で……

高級娼婦のレアとその愛人、フレッドは母と息子ほどの歳の差があった。レアはフレッドのことを愛しい人という意味の「シェリ」と読んで可愛がっている。 シェリとエドメの結婚話を機にレアから足が遠のいて……。

十八世紀、十九世紀の自然科学は誤解と偏見に満ちていた。彼らの文献を精神分析的に読み解いてガストン・バシュラールは、一定の傾向を見出している。その傾向は過去のものではなく、現代にも当てはまるのである。