当事者への取材を重ねて書かれた、著者渾身の歴史ノンフィクションである。
連合国が日本政府にポツダム宣言をつきつけてきたのは、昭和20年7月27日だった。
このとき、宣言を受諾していれば、ヒロシマもナガサキもなかったはずなのに、
ときの内閣は、これを黙殺した。
彼らがこだわったのは、”国体の護持”。
天皇制の存続が保証されない限り、降伏はできないというのだ。
多くの国民の生命が失われ、都市は焼け野原になっているというのに。
そこに天皇の聖断が下る。
受諾すればいい。これで戦争を終わらせることができる、これ以上国民を苦しめるわけにはいかない。
現人神といわれ、神輿に担がれてきた天皇の目には、苦しむ国民の姿がはっきりと見えていた。
天皇は、人として苦悩していたのだ。
8月14日正午。御前会議で天皇は、いった。
日本は降伏する。わたしがマイクの前に立って、国民に話そう
玉音は深夜に録音され、放送は翌日正午に決まった。
"日本でいちばん長い日"の始まりである。
陸軍の若い将校たちは、日本人が全滅するまでたたかうつもりだった。
天皇の聖断にも承服できなかった。
彼らは、戦争継続、徹底抗戦を主張して、反乱を企てる。
ごく少数の反乱軍は、首相官邸に、宮城に、放送局に乱入し、死者も出た。
戦争の敗北は明らかなことで、無条件降伏は止めようのない歴史の流れなのに。
軍国少年として育ち、士官学校に学び、あこがれの軍人となった彼らにとって、終戦はアイデンティティの崩壊にほかならなかったのだろう。
8月15日未明。
陸軍大臣が自決する。
腹にさらしを巻いての割腹自殺だった。
死んでお詫びをするとか、死をもって部下をいさめるとか、責任をとるとか……
陸相の死は妙にうつくしく書かれているが、たとえ自分の命でも、死を便利に使うのはやめてほしい。こういう死の便利使いが、一億玉砕とか徹底抗戦とか、人さまの命を軽んじる思想を生むのだと思った。
敵機も飛び、空襲警報も発令され、国民の多くにとっていつもと変わらない不安な戦時の夜だった。
やっと訪れようとしている平和を、味方の軍隊がめちゃくちゃにしようとしているなんて、国民は夢にも思わなかっただろう。
8月15日正午。
予定通りの玉音放送。国民の多くは、ラジオの前に正座して耳を傾けた。
抑揚のない一本調子の朗読だったが、心のこもった天皇の声は、人々の心を打ったにちがいない。
呆然とした人、号泣した人、安堵した人……あのとき生きていた日本国民にとって、生涯忘れらない日となっただろう。
エピローグに反乱を企てた陸軍の将校たちのその後も書かれている。
あの中佐も、この大佐も、玉音放送が流れたあと、自決していた。
大日本帝国軍人は大日本敵国に殉死する、とでもいうように。
軍人は平和な世では生きられない、とでもいうように……
読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
この書評へのコメント
- keena071511292021-08-12 08:43
>やっと訪れようとしている平和
僕は終戦=平和ではないと思います
中国大陸にいた人たちは玉音放送を聞いてどう思ったでしょう?
死刑宣告も同然です
軍人たちは戦争に負けた国(中国)の姿を知っています
自分たち(日本)がやってきたことを
今度は自分たちがされる番です
今の日本が平和なのは連合国側の様々な思惑の結果に過ぎません
終戦=平和というのはあまりにも当事者意識に欠けた発想です
僕は戦争経験者の「戦争はいけない」を常々疑問に思っています
何故なら それが“負けた者の論理”であることが多いからです
この人たちは勝っていたら「戦争はいけない」とは言わなかったのでは?
そう感じるのです
https://www.honzuki.jp/book/289163/review/246188/クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - 脳裏雪2021-08-12 12:25
それはない、思慮が足りない、などということはありません、
会ったことも無い人が憎い訳ではない人たちを殺したり、悪意でなく単なる戦略のために都市と居住者を無作為に破壊殺戮する戦争のどこに、戦争を擁護する余地があるだろうか、
戦争は常に結果であって、而も常に不本意かつ悲惨なのだ、悪である、
それは終わってみて、終戦を経て具体的に分かることでもある、
雨はいつか止む、止んで初めて我々はあたりまえに歩むのだ、
終戦を望まぬ者は、現状を直視出来ない無能or必要な情報を閉ざされ刹那に生きる者たちであっただろう、
終戦の向こうにこそあたりまえの平和が見えてくる、それは敗戦国も戦勝国も変わらない、クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - keena071511292021-08-12 13:56
当時の軍人が思い描いた敗戦後の日本は
自分の妻が娘が凌辱され
国民が虫けらのように殺され 奴隷として扱われる
国だったのではないでしょうか?
それを止められなかった絶望感・自責の念は
どれほどのものだったか
その後の日本の発展を知る我々からすれば
当時の軍人の自死は“無駄死に・馬鹿死に”の類ですが
“軍人は平和な世では生きられない”
訳ではなかったと思います
当時の日本人だって現代の我々と何も変わらない
“普通の日本人”だったと考えれば
また別の姿が見えてくるのではないでしょうか?クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:文藝春秋
- ページ数:371
- ISBN:9784167483159
- 発売日:2006年07月01日
- 価格:620円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。