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darklyさん
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「Fukushima50」の原作となる「死の淵を見た男 ―吉田昌郎と福島第一原発の五百日―」で有名なジャーナリスト門田隆将さんによるスポーツノンフィクションです。
本書はジャーナリストの門田隆将さんのスポーツノンフィクションです。門田さんと言えばやはり後に映画「Fukushima50」の原作となる「死の淵を見た男 ―吉田昌郎と福島第一原発の五百日―」が有名です。思想的にはかなり右寄りで、?な発言も結構ありますが、取材に対する執念は凄まじさを感じます。何かの番組で菅直人さんが福島原発発生時の自分の行動について発言したことをはっきり門田さんは否定します。本人の発言を即座に否定できるなどどれだけ裏を取ればできるのでしょうか。

本書は様々なスポーツに関する10のエピソードがありますが、私にとってはそういう出来事があったという表面的な知識しか持たない話ばかりです。その裏にこれほどの人間ドラマあるいは思い、努力、苦悩があったのかということを知れば全くその出来事の印象が変わってきます。特に感銘を受けたエピソードをご紹介します。

【志は国境を越えて】
18歳のソフトボール選手であった任彦麗は憧れの宇津木妙子に指導を乞い、一流選手となり、その後日本に帰化し宇津木麗華となった。アテネで銅メダルに終わった日本に金メダルをもたらすため彼女は引退し指導者になる決断をした。宇津木麗華は宇津木妙子へそして日本に恩返しするためにどうすれば良いか考えた。私は十年に一人の選手、まだまだ現役でも活躍できる、しかし上野由岐子は百年に一人の選手、彼女を育てることが金メダルに一番近い。

宇津木麗華は精神的、技術的に伸び悩んでいた上野由岐子をスケールの大きい行動力で見事超一流に選手に育て、やがてそれは北京五輪の金メダルに結実します。凱旋の成田空港でごった返す中、上野が真っ先に駆け寄ったのが宇津木麗華でした。本書はここで終わります。

しかし物語は続いていきます。今度は上野が宇津木麗華に恩返しをする番です。今年の東京オリンピック、上野は宇津木麗華監督に見事金メダルを贈ることができました。多分決勝戦で途中降板した段階で既に上野は限界を超えていたのではないかと思います。しかし若い後藤の動揺を見かねた上野はさも予定通りであったとのごとく再登板し見事優勝するのです。そこには宇津木麗華監督への執念とも言える恩返しの気持ちがあったのでしょう。今度はその恩を、その思いを後藤が引き継いでいってほしいと思います。

【全力で「分力」を叩く】
1992年の夏の甲子園、名将馬淵監督が率いる明徳義塾は2回戦で星稜高校と対戦することとなった。超高校級のスラッガー松井秀喜を擁する星稜である。徹底した戦力分析を行った馬淵監督は松井に対して全打席敬遠という策を取った。怒号が飛び交う中、試合は明徳義塾が1点差で勝利した。

この試合ほど日本人の勝負に対する価値観を揺さぶった出来事はなかったと思います。団体スポーツの醍醐味というのはルールの範囲で戦略・戦術を駆使し実力で上回る相手を倒すことにあるということを考えれば明徳のエースの故障、徹底して鍛え上げた守備、松井以外の選手の徹底した分析、そして非難を浴びることは必定ということ、これらすべてを勘案し、決断し、勝利した馬淵監督は間違いなく名将だと思います。

しかし割り切れない思いも私自身あるのはなぜだろうと考えた時に、一つは日本における高校野球の位置づけ、つまり高校野球とは純粋なスポーツとしての勝負の世界なのか、それとも日本の独特の精神文化や美学、あるいは教育という側面が強いものなのか。この両者の間の揺らぎが日本人に落ち着かない気持ちにさせるのだと思います。

日本独特の精神文化や美学がスポーツにおいて最も表れるのが柔道だろうと思います。以前のルールの範囲でタックルばかり仕掛けたり、ポイントを取れば後は逃げまくる外国人を不快に思い、美しく一本を取ることを目指すべきだという考え方は結局スポーツとは永遠に相容れないものなのかもしれません。

その他のエピソードも読みごたえ十分です。柔道の山下泰裕、新日鉄釜石の松尾雄治、マラソンの瀬古利彦、いずれも肉体的には極限状態にありながらそれを上回る精神力を発揮した人たちです。経験したことがある人は分かると思いますが、肉離れして金メダルをとった山下泰裕はあり得ません。問題は肉体的苦痛ではありません。痛み止めで痛くなければできるというものではありません。筋肉が断裂していることを分かった上でその足を使うということは普通の人間にはできません。裏を返せばどれだけ苦しい練習をしてきたのか、どんな重いものを背負っているのかとも言えます。

もうすぐ北京オリンピックです。政治的にはゴタゴタしておりますが選手には罪はありません。存分に力を発揮して新たな感動を呼んで欲しいと思います。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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