江戸川乱歩は、大正から昭和期にかけて活躍した作家です。主に推理小説を得意とし、また戦後は推理小説専門の評論家としても健筆を揮ったといいます。実際に探偵として、岩井三郎探偵事務所に勤務していた経歴も持ち、その経験を活かしてのミステリー作家活動だったと思われます。
本作は、乱歩の作品の中から、幻想的で奇怪な日常をさらけ出す作品を選りすぐった傑作短編集です。実に18編もの短編が収められているので、全部のご紹介はできませんが、特に印象深いものをピックアップしてみました。
『白昼夢』
タイトルにも挙げられている作品です。
人が行き交う街の中で自分の犯した殺人を堂々と述べている男がいるのに、誰も本気にせず、笑って男の話を聞いているだけという内容です。なぜに誰も男の話を信じないのか、むし暑い昼下がりの元、皆が白昼夢を見ているような錯覚に陥りました。
『赤い部屋』
なんのトリックも仕掛けもないのに、人はその男のいいなりになって死んでいきます。言葉による誘導・暗示がそうさせるのです。心理作戦とでもいえばいいのか、これもまた恐ろしい戦術だと思いました。
『夢遊病の死』
夢遊病をもつがゆえに知らぬ間に殺人をおかしたと思った不幸な男の物語。夢遊病の悩みと恐怖が切実に感じられる作品でした。
『毒草』
友人と堕胎によく効くという毒草の話をしているのを、貧乏で子だくさんの近所の妊婦に聴かれた男。妊婦たちがその草を求める姿を想像して苦悩します。男性の気弱さと女性の逞しさがユーモラスに描かれています。
『木馬は廻る』
遊園地の回転木馬のラッパ手を務める男のちょっと切ない恋心を描いています。この作品はミステリーや殺しとは無関係で、中年男の少女への憧れを胸に秘めたラブコメともいえるのではないでしょうか。
乱歩独特の心理的サスペンスを用いた、甘美な恐怖に満ちた世界が繰り広げられた本作。印象深い作品をあげてみましたが、どれもありふれた日常の中に潜む事象を扱いながら、幻想的で奇怪なストーリーになっています。
猟奇的な殺人事件はなくても、奇怪で不気味なムードが満載。このような世界観を演出できる乱歩の筆力のすごさを、改めて思い知りました。加えて、長山靖生さんの解説も乱歩を知りたい方には、興味深く読めると思います。
江戸川乱歩の異次元ワールドが堪能できる本作。ミステリアスな殺人事件を扱った作品を豪華な食事と例えれば、本作は食後のデザートのような一冊でした。
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