ある著名な国民的作家が書けなかった話題が「ノモンハン」であると聞いたことがある。日本が坂の上からころげおちる端緒でもあった戦争は、その作家のもつ史観からは捉え切れなかったのではないかと合わせて語られることもあるが、本書文庫版解説の土門周平氏によると書けなかったのは「急逝」によるものという。また、先日のテレビのドキュメンタリーでも、「書けなかった理由」が取り上げられていた。
その国民的作家に代わるようにノモンハンについて書き上げたのが、半藤一利氏である。ただし、本書では名調子の半藤節が聞けない。滲んでくるのは怒りと嘆きであるものの、努めて淡々と書いている印象が強い。1997年に連載開始、1998年に単行本、2001年に文庫本となっている。
「ノモンハン」は日本史の教科書では必ず掲載されているし、「事件」と称されつつも日ソ間で本格的かつ大規模な戦闘が行われたこともよく知られている。ただ「教科書的」の限界は、たいていの理解はそれくらいでおわってしまうことである。これだけの理解であったら、ソ連軍の力を軽視した日本軍の無謀な局地戦という理解にとどまってしまう。
本書はノモンハンについて、陸軍参謀本部作戦課のありようから、戦争の終結のやりとりまで扱いつつ、国内においては三国同盟の議論が行われていた時期であること、独ソにおいては不可侵条約に向けての駆け引きが行われていたことを並行して見ていくのが特徴である。
この三者の関係性を明らかにすることで、ノモンハンが第二次世界大戦に向けての重要なピースであったことを明示する。そういえば三国同盟の議論を延々と行っていた平沼内閣は、独ソ不可侵条約を契機に政権を投げ出したことも教えられたことを思い出す。
こうした「大局」をきちんと踏まえつつ、個々の戦闘や人物の動向、さらには日ソ両軍の戦車の設計思想の相違までを扱っていく。多層に関わる話題を、よくぞここまで1冊にまとめたものだと感じる。日本軍歩兵が火炎瓶でソ連軍の戦車に向かっていったとも本書で初めて知った。戦闘初期においてはかなりの効果をあげたそうだが、改良を施した後半においては無効化されていったという。
よくぞ書いたものと感じる一方で、読んでいて息苦しくまた空しく感じられてしまう。個々の将兵の勇敢さの一方で、無責任な計画、責任をとらない参謀たち、この失敗に学ばない日本軍と政府について、これでもかと思い知らされる。そんな半藤氏の怒りと嘆きが伝わってくるのだ。そんな辛い読書でもある。
この書評へのコメント