ケイト・アトキンソンのファンの方は、読まずに黙殺することをお勧めします。
ファンの方が読まれたら、おそらく不快な思いをされることと思います。
そうした事態を防ぐ意味で、あえてネタバレにしました。
作者のケイト・アトキンソンとは物凄く相性が悪い。
前作『探偵ブロディの事件ファイル』では、どんな事件だったかストーリーの方はもはや定かではないものの、作者のえげつないまでの心理分析の刃で、僕の心の中の「囚われの美女」は、もはや見る影もない肉の塊へと切り刻まれてしまった。
よっぽどもう結構と言いたいところだけど、先日、ドラマ版を観たら、また読んでみようかなという気になった。
BBC制作のドラマ『私立探偵ジャクソン・ブロディ』の方は、何度も観てしまうほど大好きなドラマなのだ。
図書館から借りてきて、もう少し後で読むつもりだったのだが、既に予約が3件も入っているので、急きょ先に読むことにした。
今回は二度目なので、いくらか免疫も出来ているはずだと思っていたが、やっぱり手強い。
どうでもいい情報の藪が伸び放題で、僕の人生が終わる前に、お目当ての事件にたどり着けるかどうか、いささか不安になってくる。
この小説は、時間がまだ無尽蔵にある若者のための小説なのだろう。
最後まで読み通すためには、シーシュポスなみの剛力が必要だ。
いったい、主人公や主な登場人物以外のどうでもいいキャラクター一人一人の生い立ちや心理までを、一切合切クドクドと書き連ねることが本当に必要だろうか?
これでは、メリハリも遠近法もあったものではないし、逆に主人公を探そうとしても、「ウォーリーを探せ」のようになってしまうのではないだろうか?
最後まで読み通すべきかどうか迷っていると、32ページでようやくジャクソン登場。
おや、今回は早いじゃないか!
これで、ひょっとしたら何とか最後まで読めるかも知れない。
かと思いきや、ジャクソンまでもが細部に拘泥して、ハンドブレーキを引いたままアクセルをふかしているように、ストーリーが一向に前に進まない。
凄いストレスだ!
何となく分かってきた、この小説は、ADHDには向かない小説なのだ。
作者が、最大限のインパクトを与えようとして、焦らしに焦らしているうちに、僕のようなADHDの読者は痺れを切らして、さっさと他のことを始めてしまうのだ。
ところで、僕は何故この本を読んでいるのだろう?
読みかけの本が40冊もあるのに。
『収容所群島』も、『ディスタンクシオン』も、『美の歴史』もある。
そろそろ『波』だって読まなきゃならないし、もう無理だ。
さようなら、『マトリョーシカと消えた死体』!
ああ、きみから『私立探偵ジャクソン・ブロディ』が生まれたとはふしぎだ。
あくまでも、一個人の感想です。


- 掲載日:2021/07/08
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