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西側の対ソキャンペーンに利用された作家の悲劇。

  • 蒼ざめた馬を見よ
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  • 出版社:文藝春秋
蒼ざめた馬を見よ
「極秘に国外で本を出版したい」と望むソ連の老作家ミハイロフスキイの希望を拒否したことを後悔しながら亡くなった日本の翻訳者の意思を受け継ぐため、Q新聞の鷹野隆介は、その作品を出版するためにソ連の作家の幻の原稿を受け取りに行くという密命を受けた。レニングラードの作家の家を訪ね、すげなく面会を拒絶されても、鷹野は、それを、彼らが当局を警戒しているからだと受け取った。やがて、鷹野の前にオリガという女性が現れ、彼女が大学で老作家のゼミを受けていることが分かり、オリガの仲介で鷹野はようやく作家と会って目的を果たした。

このようにして、老作家の作品<蒼ざめた馬を見よ>は、ようやく日の目を見た。この作品はあっという間に西側諸国で翻訳されてベストセラーとなり、映画化も決定した。だが、その流れのあまりの速さに、鷹野は釈然としないものを感じてもいた。
「<蒼ざめた馬を見よ>に関するパブリシティは、テレビ、ラジオなどの媒体にまで、驚くほど巧妙に波及して行った。それはまるで、世界のジャーナリズム全体を対象に、ある一貫したキャンペーンが企まれているかのようだった。それほど組織的に、また強力に、しかも急速に、その作品は世界中に広がって行ったのである」


そして、件の老作家ミハイロフスキイが逮捕された
。彼の部屋の天井裏から原稿のコピー、外国からの送金と思われる多額のドル紙幣が発見されたが、作家は自分にはまったく身に覚えがないという。もちろん、西側諸国はこの逮捕劇を厳しく批判した。
こういった一連の流れも、鷹野にはどうにも納得がいかなかった。ミハイロフスキイは、なぜ自分が書いたと認めないのか。そして、その頃になって、鷹野は、そういえば件の作品は自分が好きだったミハイロフスキイらしさがなかったと思い始める。

謎は、最後に解ける。ミハイロフスキイは、西側の対ソキャンペーンに見事に利用されたのだった。そのミハイロフスキイは、逮捕されたときにこう言った。「あの作品は、自分が書くべきだった」「わたしは、この本を書かなかった。しかし、それ故にこそロシアの作家であるわたしは罰せられるべきだ」
ソ連側も、ソ連側の政治的考えから、ミハイロフスキイは無実であるという証拠を握っていながら、それを握りつぶそうとしていた。ミハイロフスキは、どちらにも逃げられない。彼は西側に利用されて書きもしなかった作品を書いたことにされ、ソ連側に利用されて書いてもいないのに有罪の判決を受けるさだめを負わされたのだ。

鷹野に真実を告げたソ連側の諜報員は、見てはならない世界を見てしまった。西側もソ連も、キャンペーンのためには一個人の生死など何とも思っていないのだ。彼のやりきれなさは、鷹野に真実を告げることで、少しは解消したのだろうか。二人で、目の前に開いた真っ暗な闇を見ているという共感が少しは彼を救うのだろうか。
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  • 掲載日:2025/11/25
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この書評へのコメント

  1. Roko2025-11-25 10:39

    この作品は昔読んだはずなのに、すっかり内容を忘れていました。
    再読してみようと思っています。

  2. ぷるーと2025-11-25 14:46

    Rokoさん、コメントありがとうございます。
    私も、本棚の片づけをしていて、懐かしくて再読しました。
    読んでいるのにすっかり内容忘れている本の多さに我ながら驚かされます。笑

  3. サワコウ2025-11-26 10:18

    五木寛之は、老境に入ってからの人生を達観したようなエッセイなどより、若い頃の鋭くとがっていた作品のほうが好きですね。これも好きでした。

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