たとえば、二次方程式x^2=1の解は±1である。では、同じく二次方程式x^2=-1の解は何だろうか。2乗したら-1になる数を導入して、iと表現すれば良さそうである。つまり、二次方程式x^2=-1の解は±iだというわけである。ただ、これは長いこと単なる詭弁であると思われてきた。
それが変わるきっかけとなった出来事のひとつが、複素平面の導入である。横軸に実数、縦軸に虚数をとり、x+yiのように表現するのである。まあ、これだけだと、横軸も縦軸も実数である二次元ベクトル(x,y)と何が違うの?という気もしてくる。
まず、二次元ベクトルと違うのは、掛け算のやり方である。1にiを掛けるとi、そのiにiを掛けると-1、その-1にiを掛けると-i、その-iにiを掛けると1で元に戻る。つまり、iを掛けるというのは、複素平面上を90度回転するのと同じなのである。これは、二次元ベクトルには無い性質である。
ということは、-1にiを2回掛けることは、-1に-1を掛けることと同じであり、複素平面上を90度+90度で180度回転して1になる。つまり、マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるのだ。いや~そう決めておいて良かったと思える瞬間である。複素平面上の円を半周回って元に戻るようになっているのだから。そうでなくては。
今度は、三角関数の微分を考える。sin(x)の微分はcos(x)である。ここで、cos(x)は、cos(x)=sin(x+π/2)と変形できる。つまり、sin(x)の微分はsin(x+π/2)であり、π/2=90度回転するのと同じである。
ところで、三角関数sin(x)とcos(x)、指数関数のexp(x)をそれぞれ級数展開すると、
sin(x)=x-x^3/3!+x^5/5!・・
cos(x)=1-x^2/2!+x^4/4!・・
exp(x)=1+x+x^2/2!+x^3/3!+x^4/4!+x^5/5!・・
なので、sin(x)とcos(x)を使ってexp(x)を表せそうである。む~そうか、次のようにすれば良さそうである。
exp(iθ)=cos(θ)+i×sin(θ)
何だか、はじめから、このように決まっていたのだ、そうとしか思えないと言わんばかりの有様ではないか。これがオイラーの公式である。まあ、これで、複素指数関数exp(z)のzに、虚部だけからなる純虚数を入れると、回転動作になることが確定した。それで良さそうである。
複素平面上の掛け算をもう少し考えてみる。1+iは半径√2の円を45度回った点であるが、これを2乗すると、(1+i)×(1+i)=1+i+i-1=2iであり、半径2の円を90度回った点になる。つまり、複素平面上の掛け算とは、円の半径を掛け算(√2×√2=2)、角度を足し算(45度+45度=90度)した点への移動となる。
たとえば、(1+√3i)^10の計算をするときに、真面目に分配法則を使うと悲劇的なことになる。でも、(1+√3i)^10=(2×(cos(π/3)+i×sin(π/3)))^10、のように、半径と角度が分かるように変形すれば、半径が2^10=1024、そして、角度が「π/3=60度を10回分動いた」⇔「600度動いた」⇔「600度-360度=240度動いた」点への移動と分かる。これを利用すると、計算が非常に簡単になる。すなわち、(1+√3i)^10=(2×(cos(π/3)+i×sin(π/3)))^10=1024×(cos(4π/3)+i×sin(4π/3))=-512-512√3iという具合である。
以上をまとめると、複素平面上で90度回転させる ⇔ iを1回かける ⇔ sin(x)を1回微分する ⇔ オイラーの公式を90度動かす、ということになる。記号"⇔"で結ばれた各項目が、全部同じ意味になる。お~、凄いぞ。
この道具が、何に使えるのか。たとえば、交流回路の計算に使える。だって、交流はsin波だし、コイルやコンデンサといった素子に交流を与えると、電圧と電流が90度ずれるし、その電圧と電流は、微分や積分で関係づけられるのだから。もう、複素平面での計算用に、あらかじめお膳立てされていたのでは?と錯覚するくらいの状況である。ともかく、このように、全体を回転に落とし込める現象について計算するときには、複素平面上での演算は非常に便利なのである。虚数を単なる詭弁などと言って切り捨てるには、あまりにも惜しいのだ。
特に、sin波の微分や積分について、微分 ⇔ iを掛ける、積分 ⇔ iで割る、の置き換えができるのは、とてもありがたい。微分方程式が、単なるiを含む多項式の演算になって、微分方程式を真面目に解く必要がなくなるのだから。
仏像の傑作をたたえるときに、木の中に、はじめから入っていた仏を取り出したかのようだ、などと言われることがある。複素平面上の演算も、これとちょっと似ていて、はじめから、そう決まっていたとしか思えないほど、人間のイメージと噛み合うことが多い。
その象徴がオイラーの公式である。「美」と言われるほど、そのイメージは強力である。そして、それが逆に落とし穴になることもある。
たとえば、交流回路の演算では、全体をよく見通して、「実平面上の微分方程式の世界」と「複素平面上の便利な演算の世界」をサーフィンのように相互に行き来する必要がある。けれども、オイラーの公式の美に惑わされて、「複素平面上の便利な演算の世界」だけで済ませようとすると、とたんに、何を計算しようとしているのかが分からなくなってしまう。
交流回路の演算の例で言うと、美の世界での便利な演算は、交流がsin波であることや、電圧と電流が同じ角速度で動くことや、電圧と電流は常に同じ角度のずれを保ったまま回転することが前提となって成り立っている。これらが崩れる場合には、実平面の世界に戻って、微分方程式を真面目に解くしかない。
でも、オイラーの公式には、ときに、そういうことを忘れさせるほどの魅力やイメージ想起力がある。だからこそ「美」とよばれるのであろう。
なお、オイラーの公式の角度θにπ=180度を代入した
exp(iπ)=-1
はオイラーの等式とよばれる。ここで、円周率πについて考えてみると、円周率とは、円の直径に対する円周の長さの比率である。たとえば、桶をつくるときに、直径の何倍の板を用意すれば円周を覆えるかを考えるときに役立つ。桶の半径を測るよりも、直径を測る方が簡単だし。でも、回転のイメージで重要なのは、半径である。円の中心にとめた糸を半径分伸ばして鉛筆を付け、それを回転させたときに描かれるのが円なのだから。
ということは、本来、円周率も、円の半径に対する円周の長さの比率をとった方が分かりやすいはずである。それをτ=2πとする。すると、オイラーの等式は
exp(iτ)=1
と書ける。このように表現した方が、複素平面上で、半径1の円をちょうど一周(τ=360度)すると元に戻るというイメージとぴったり重なって、より「美」の姿が鮮明になると思う。
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