著者の初期の作品を何冊か読んでいます。宇宙や地球などの惑星物理が専門の元大学教員で、星の観察に関する小説が多い印象があります。本作では、他の自然科学にも目を向けてあり、作品の幅が広がっています。
五作品収録されています。表題作の藍を継ぐ海が直木賞受賞作で、すべての作品が独立しています。宇宙が題材の作品は一つだけですが、著者の価値観は作品群全体に貫かれている感じがありました。初期のころから変わらない安定感で、ややネガティブの雰囲気のあるところが著者らしくもあり、好みの分かれるところでもあります。
少し前になりますが、著者とのトーク会に参加したことがあります。実際にお話を聞くと、非常にくだけた雰囲気で、サービス精神が旺盛な方でした。理系のフレンドリーな大学の先生という感じがあり、作家さんという感じではなかったですね。南米などの古い地層を研究して、惑星の成り立ちに迫ろうと考えていたそうです。しかし研究成果が上手く出ない中で、著者は物語という空想の世界に逃げ込んでしまったと言っていました。しかし、どこにどんな才能と考えると面白いですね。著者のいまの活躍を考えると、大正解の選択だと思います。
星の観測にまつわる話を含めて、初期の作品には実際の学会発表や、学校との教育連携などの実務知識がベースとなっています。ある先生の論文内容を、著者は先生に断りなく題材にしてしまい、どきどきしていたそうです。SNSで気づかれたことを知り、後日ご挨拶に向かったところ、こころよく使用許諾をもらえたそうです。そんな、実際の専門知識に裏打ちされた本物感があるのがいいですね。ほかには、理系的な題材に、人間の感情の起伏を入れるようにこころがけて小説を書いているという話をしていました。
前置きが長くなりました。本作品は短篇集なので、あまり書評でネタバレ気味に内容を書かないほうがいいと判断した結果です。どれが一番よい作品と思ったかという問いは、選ぶのが難しいと書いており、思わず同感してしまいます。
表題作の藍を継ぐ海について少し触れます。アカウミガメの話です。ウミガメが黒潮に乗って太平洋を広く動いていることをご承知の方は、本サイトにはきっと多いでしょう。主人公の沙月の祖父は漁師で、そのむかし、海の見える黒い川のことを教えてくれました。黒潮です。黒いというより、濃い、濃い藍色です。
徳島の姫ケ浦海岸は、アカウミガメの産卵地です。小さな町ですが、海の藍を通じて知らないところで世界と広くつながっていて、でも人間の日常生活は小さくまとまっていてというところが、著者がいつも関心を持っているように見えます。惑星、大海原、大自然の大きなものと、その中に生きる人間との対比に目を向けることになります。少し著者に押されて、ややネガティブ的になってしまいましたが、それ以上によくまとまった、著者らしい作品群と言えます。
素晴らしい一冊ですよ。


- 掲載日:2025/11/16
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