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※ネタバレ注意!

「日本の故郷、神々の国の首都へ、どうぞ来てごしなさい!」

新編 日本の面影
2025年度後期のNHK連続テレビ小説に、ラフカディオ・ハーンの妻、
小泉セツがモデルとなるヒロインの生涯が選ばれたときから、
地元民としてこの本を再読しなければ、と思っていた。

ヘルン先生の多くの著作からこの本を選んだのは、
たまたま手元にあったからという理由と、遠い昔、
同名のTVドラマ(たしかジョージ・チャキリスさんと
檀ふみさんが主演だったような…)を見た記憶があったからだと思う。

全国的にヘルン先生がどのくらい知名度があるのかよく分からないので、
ドラマになっても他地域の方に愛されるのかどうか不安だったが
(なにせ島根県は日本で一、二を争う地味な県なもので…;;)、
今のところ視聴率からみると、そんなに悪くないのでは…
と一先ずホッとしている。


さて、肝腎の本書についてだが、知っているつもりだった
ヘルン先生──小泉八雲のこと、そして地元のことを、
あまり知らないということをまず、個人的に恥ずかしく思った。

それと同時に、このような形で彼がこの地域のこと、
そして明治初期の日本と日本人について書き残してくれたことで、
今の日本人が忘れ去ってしまったことを、
私たちの手の中に確実に残してくれたことに、感謝の気持ちが湧いた。

翻訳者・池田雅之氏によると、この本は、日本を訪れた八雲の最初の著作
『知られぬ日本の面影』(Glimpses of Unfamiliar Japan,1894年刊)を
底本とし、そこから「ハーンの文学世界と日本理解のエッセンスが
よりよく伝わってくると思われる作品」を11編に絞って選んだ
「アンソロジー」とのことだ。
(『知られぬ日本の面影』は、全700頁ものボリュームがあり、
収録作品も序文も含めて27編もの数に及ぶという。)

本書は2000年に文庫としての初版が発行され、令和2年、
当然まだTV等で特に取り上げられてもいない時期──
今から6年前の版ですでに25刷重版されているのは、
この種の本としては、なかなかのベストセラーといえるのではないだろうか。
(なお、この新編『日本の面影』には続編としてⅡも発行されている)

前述の通り、この本には11編の随想が収められている。
そのタイトルを並べてみると──

・はじめに
・東洋の第一日目
・盆踊り
・神々の国の首都
・杵築──日本最古の神社
・子供たちの死霊の岩屋で──加賀の潜戸
・日本海に沿って
・日本の庭にて
・英語教師の日記から
・日本人の微笑
・さようなら

そして巻末にはハーンの略年譜が付されている。
これらの章題からも分かるように、多くの編に渡って語られているのは、
ハーンが滞在した松江を中心とした山陰近辺での体験に基づいた随想だ。

本書の内容とその存在価値については、巻末の年譜の後に記された、
この本の訳者・池田雅之氏の「訳者あとがき」に
全て書かれている通りなのだが、改めてこの本を読んで
個人的に一番強く感じたのは、小泉八雲の日本と日本人に対する愛情の深さ、
そしてその見る目の適確さだ。

そしてそれは、当時の日本と日本人についてだけではなく、
古くからの、そして未来の日本と日本人についての
正確な理解に基づくものだと思えた。
加えて、それについて書き記した言葉・文体──表現自体の美しさも、
強く印象に残った。

(もちろん私は翻訳で読んだにすぎないので、きっと訳者の方の力も
大きかったと思う。おそらく元の英語での表現も美しかったのでは
ないだろうか。これは推測にすぎないけれど)

八雲の見ていた日本の美しさ、それは当時日本を訪れた、
八雲以外の多くの西洋人たちが感じたものとは異なる種類のものだったようだ。
おそらく後者は自分と直接関わる人々、たとえば国を動かしている
政治家や外交官や官僚、あるいは経済界の重鎮などの日本人の言動、
そして彼らから見聞きする日本というものから、
日本と日本人のイメージと理解を得ていたことだろう。

そして彼らはきっと、日本人が、西洋に追い付こうと
必死になっている姿を見て、日本は自分たちよりも遅れた小島国であり、
日本人は文明から遠く取り残された貧しい人々と認識し、
見下していた部分もあったと思う。

それは当時の日本と日本人の置かれた立場からすると、
仕方のない印象であり、それと対面し、関係を結ぼうとする西洋人としては、
日本人が封印しようとしている旧い価値観や日常を、
あえて大切に思う意味も意義もなかったのだろう。

彼らにとって旧い日本と日本人とは、たとえその価値観や美意識に
興味を持ったとしても、奇妙で不思議な異物にすぎなかったのかもしれない。
しかし、本書で語られる八雲の日本、そして日本人に対する想いは、
そんな大方の西洋人の表面的な興味関心とは、根本的に違っている。

彼が見た日本、それはむしろ、急激に近代化が進む当時の日本において
忘れられつつあった、日本と日本人の美質であり本質だった。
彼はそれを、当時の日本社会の最前線で国を支えていた人たちの中にではなく、
むしろ日本の片隅で、忘れられた庶民の姿の中に見た。

 どこの国でもそうであるように、その国の美徳を代表している
 庶民の中にこそ、その魅力は存在するのである。
 その魅力は、喜ばしい昔ながらの慣習、絵のようなあでやかな着物、
 仏壇や神棚、さらには美しく心温まる先祖崇拝を今なお守っている
 大衆の中にこそ、見出すことができる。(中略)
 日本の生活にも、短所もあれば、愚劣さもある。
 悪もあれば、残酷さもある。
 だが、よく見ていけばいくほど、その並外れた善良さ、
 奇跡的と思えるほどの辛抱強さ、いつも変わることのない慇懃さ、
 素朴な心、相手をすぐに思いやる察しのよさに、目を見張るばかりだ。

彼はどうしてここまで、日本と日本人、とりわけ(現代においてさえ)
日本で最も廃れた場所に惹きつけられ、愛情を傾けることができたのか、
私はこの本を読んでさえ、十分理解できたとは言い難い。

ただ、一編一編の随想を読んでいくにしたがって、
私自身が体験したごく普通の日常の風景や出来事が、
身体の奥から五感を通して立ち上がってくるような感覚を覚えた。

それは、TVドラマや映画などの物語として提示された人間の姿を
見ることによって心に湧いてくるような感動ではなく、もっと原初の、
理由のはっきりしない身体的な震え──共振のように思う。

それは自分自身でも忘れているような、記憶の彼方の無意識の部分に
沈んでいる感覚、たとえば、子どもの頃踊った盆踊りや、
夜通し見続けた神楽の舞のリズム、笛の音、夜の暗い海を見た時の感じ、
波の音、鳥の声、樹々の香…それらのものを、身体感覚で蘇らせてくれる──
それが八雲の言葉の力なのだと思った。

それは、今はもう存在しない懐かしく大切なものの気配であり、
実体は無いのに、驚くほど生々しく自分の内に存在するものに対する
感情未満の感情だ。

あの古い家の匂い、暗い家の中に差し込む光の筋が映し出す埃、
同じリズムの節回しの音に皆一様に同じ動きで身体を動かし、
低く唸りながらゆっくりと、いつまでも同じ輪の中を
回り続けるときの、あの感じ。

特に「盆踊り」や「日本の庭にて」、そして今まさに日々私が目にしている
松江の風景を描いた「神々の国の首都」などは、
もちろん実際に自分自身が体験した風景や踊りではないにもかかわらず、
まるで実際にその空間に居て、その風景を目の当たりにし、
その場の人々と共にそれを感じているように思えた。

これはひとえに、八雲がその場と人々に共振し、それを悦び、
なおかつそのことを表現する豊かな文才を持っていたからに他ならない。

 そもそも、人間の感情とはいったい何であろうか。
 それは私にもわからないが、それが、私の人生よりもずっと古い
 何かであることを感じる。
 感情とは、どこかの場所や時を特定するものではなく、
 この宇宙の太陽の下で、生きとし生けるものの万物の
 喜びや悲しみに共振するものではないだろうか。
 それにしても、あの歌は、誰に教わるものでもなく、
 自然界のもっとも古い歌と無理なく調和している。
 あの歌は、寂しい野辺の歌や、あの「大地の美しい叫び」を生み出す
 夏虫の合唱と、知らず知らずのうちに血が通いあっているのである。

そしてそんな日本に魅せられ、日本人を愛した八雲だからこそ、
急速に近代化する日本と、西洋に負けぬように必死になっている
日本人の姿を見て、その将来を危惧する言葉も残している。

 出雲だけではない。
 日本国中から、昔ながらの安らぎと趣が消えてゆく運命のような気がする。
 ことのほか日本では、無常こそが物事の摂理とされ、
 変わりゆくものも、それを変わらしめたものも、
 変わる余地がない状態にまで変化し続けるのであろう。

それでもなお、表面上の物事が如何に変化しようとも、
変わらない日本人の精神性に心を寄せた八雲の次の言葉を、
私たちの曾祖父はどのような気持ちで聞いたのだろうか。

本書の最終編「さようなら」の編で、「親愛なる生徒諸君へ」と
題された文の中で、これからの日本に生きる若者へ、
日本人としての美質を大切に守り「国のために死ぬことではなく、
国のために生きる」ように語りかけている。

単に物珍しい東洋の文化と東洋人に魅せられた西洋人としてではなく、
日本と日本人に対して、その心のあり方にまで心を寄せ、
日本の将来を案ずるまでに日本を愛した小泉八雲の真の姿を、
彼の残した言葉をじっくりと読んで、初めて少し理解できたように思う。

朝ドラに便乗して、小泉八雲や島根を宣伝するのもなんだかなぁ…と
思っていたが、この本を読んで、自信を持って(!)、

「日本の故郷、神々の国の首都へ、どうぞ来てごしなさい!」

と言えるように思えた。

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  • 掲載日:2026/02/05
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